大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)7638号 判決
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【判旨】
一本件譲渡担保契約の成否につき検討する。
1 <証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 原告代表者である水野隆は、昭和五二年三月ころから大和ランドに対し融資を行い始めたが、融資額が約六〇〇〇万円に達した同年七月ころ、同社から融資額を更に追加するよう求められた。
(二) そこで、水野は、担保の提供がなければ右要求には応じられない旨返答したところ、大和ランドの代表者である上松一義から、大和ランドと被告が販売提携をしている近江の里分譲地の一部を担保として提供したいとの申入れを受け、右担保提供については被告大阪店外商特需部(以下「特需部」という。)の部長である小野円城の了承を得ているとの説明があつたので(実際に小野は次の合意をすることを了承していた。)、交渉を進めた結果、水野と上松との間において、原告は、本件土地の所有権を被告と売買契約を締結するという形式で一応取得する、被告は、顧客に販売するため本件土地を取り戻す必要が生じたときには、右取戻時点で大和ランドが原告に対して負う債務全額を弁済しなければならないとの内容を骨子とする合意が成立した(以下「本件合意」という。)。
(三) 水野は、本件合意に際し、上松から、売主を被告、買主を原告の社員である上野祐作、北川信一、松本聿郎、売買物件を本件土地(上野は別紙物件目録(一)の土地の、北川は同目録(二)の土地の、松本は同目録(三)の土地の各買主)とする昭和五二年七月二〇日付不動産売買契約証書(甲第一号証の一ないし三、以下「本件売買契約書」という。)を交付され、右契約書が本件合意を証する書面であるという説明を受けたことから(上野らを買主としたのは名義を借りたのみで、実質上の権利者が原告であることは、水野、上松間で了解ずみであつた。)、本件合意が被告の意思に基づくものであると軽信し、かつ、たとえ被告が大和ランドの債務を弁済して本件土地を取り戻すことを拒否したとしても、同土地の所有権を確定的に取得することによつて、少なくとも同土地の有する価値の限度では債権の回収を図れると考えたので、以後も、大和ランドに対する融資を続行することとした。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 ところで、本件合意が原告主張のような譲渡担保契約といえるかどうかは暫く措くとして、被告が上松(以下「上松」が大和ランドの代表者及び個人双方の立場を指称することもある。)又は小野に、本件譲渡担保契約を締結する代理権を授与したかどうかにつき検討する(仮に上松が小野の使者にすぎないとすると、小野への代理権授与が問題となるので、小野についても検討することとする。次項の表見代理に関する判断において小野につき検討するのも同様の趣旨である。)。
右代理権授与を認めるに足りる証拠はなく、<証拠>を総合すると、(一)被告は、昭和五一年一一月一日、大和ランドとの間で、大和ランド所有の近江の里分譲地につき、被告を売主、大和ランドを事業主とする継続的売買取引契約を締結し、右契約に基づき右分譲地を顧客に販売することとなつたが(このうち一部の事実は当事者間に争いがない。)、被告が右分譲地を仕入れるについては、被告と顧客との間の売買契約が成立した後に大和ランドから仕入れるいわゆる売上げ仕入れ方式が採用されていたため、大和ランドが倒産したとしても、新しい事業主を探して宅地造成事業を完成させる必要が生ずるのは格別、被告が右分譲地を在庫として抱えこんで損害を被る危険が発生することはなく、したがつて、被告には、本件譲渡担保契約のように多額の出捐を余儀なくされかねない内容の契約を締結してまで大和ランドを援助しなければならない必要は全くなかつたこと、(二)前記売上げ仕入れ方式の採用により、被告が大和ランドから近江の里分譲地を仕入れるまで、その所有権は大和ランドにあるのであるが、被告は、本件土地につき仕入れを起こしたことはなく(仕入れは、販売代金の入金が確認された後に行われるが、本件土地については右入金がされていない。)、したがつて、その所有権を取得したことはないこと、(三)被告は、いまだかつて、他人の所有物はもちろんのこと、自己所有の商品ですら第三者に担保として提供したことはないこと、(四)被告大阪店長は、上野、北川及び松本に本件土地を売り渡す意思で、本件売買契約書に記名、捺印したものであること、即ち、被告が、大和ランドの探してきた買主に対し近江の里分譲地を販売する際の通常の手続は、(1)大和ランドは、本件売買契約書と同一形式の契約書に買主の署名、捺印をもらい、それを特需部に持参する、(2)特需部の係員は、右契約書の売主欄に被告大阪店長の記名、捺印を受けるべく、右契約書に捺印依頼書を添えて店長室に提出する、(3)店長又は店長の指示を受けた店長室付部長は、記入もれがないか審査したうえ、右契約書に記名、捺印する、(4)その後、右契約書は特需部に戻つて、同部から大和ランドに、同社から買主に交付されるという経過を辿るものであるが、本件売買契約書における大阪店長名の記名、捺印は、右手続と全く同一の手続を経てされたものであり、しかも、右契約書に添付された捺印依頼書(一通)は、提出先として「上野祐作、北川信一、松本聿郎、有園ヒロ子、荒木英雄」の五名が連記されており、右五名分の売買契約書への捺印を依頼するものであつて(被告は、有園、荒木からは、本件譲渡担保契約のような契約に基づく請求を受けてはいない。)、本件売買契約書のみが通常の売買契約の場合と別個に取り扱われた形跡は全くないこと、(五)もつとも、本件売買契約書における販売価格は通常の場合より低額となつているが、これは、被告が通常の売買契約とは異種の契約として取り扱つた結果そうなつたものではないこと(被告は、大和ランドが顧客との間で決定してきた販売価格に原則として従い、特にその審査をしないこととしていたため、本件売買契約書への記名、捺印に際しても、右低額であることを意識していなかつた。)、(六)特需部第一課の課長の役職にあつて近江の里分譲地の販売を担当していた佐々木勲や、被告の上層部は、本件訴訟が提起されるまで、本件譲渡担保契約のような契約が存在することを全く知らなかつたことが認められ、右認定事実からすれば、本件売買契約書をもつて本件譲渡担保契約についての代理権授与の証拠とすることができないのはもちろんのこと、被告代表者や大阪店長が、右契約を締結する意思を有せず、上松又は小野に右代理権を授与しなかつたことは明らかである。
3 原告は、民法一〇九条又は一一〇条の表見代理を主張するが、被告が原告に対し、小野又は上松に本件譲渡担保契約を締結する権限を授与した旨の表示をしたことを認めるに足りる証拠はなく、また、小野又は上松が民法一一〇条適用の前提となる基本代理権を有していたことを認めるに足りる証拠もない。仮に、何らかの基本代理権があつたとしても、以下のとおり、原告には民法一一〇条にいう正当理由が存しない。即ち、前記認定事実及び<証拠>を総合すると、原告は、本件合意以前に、上松から、被告から大和ランドに支払われる予定の近江の里分譲地の仕入代金で返済するから、それまでの間大和ランドに融資してほしいとの申入れを受け、右支払予定日が記載されている小野名義の支払証明書と題する書面を受け取つたうえで右申入れに応じたところ、実際に、右支払予定日に被告から大和ランドに右仕入代金の支払として振出、交付された手形を、大和ランドから受け取り、これを割り引いて右融資金を回収した経緯があつたことや、本件合意を証する書面であるとの上松の説明の下に、被告大阪店長の記名、捺印のある本件売買契約書を受け取つたことから、上松又は小野に本件合意をする権限があると信じたことが認められる。しかし、<証拠>を総合すると、本件売買契約書は、その文言及び形式からして単なる売買契約書としか見ることのできない文書であるにもかかわらず、金融業者である原告は(このことは当事者間に争いがない。)、被告の役員や社員と一度も会うことがないまま、上松の言を鵜呑みにして、上松又は小野が権限に基づいて本件合意をしたものと軽信し、小野の直属の上司である外販担当店次長又は店長に右権限の有無についての調査、確認を全くしなかつたことが認められ、前記支払証明書は、小野個人を作成名義人とし、単に仕入代金の支払予定日が記載されたものにすぎず、被告が原告に対し何らかの法的義務を負うことをうかがわせる内容を含むものではないのであるから、過去に右文書に頼つて融資金を回収したことがあつたからといつて、本件合意の内容が被告に多額の債務負担をもたらしかねない性質のものである以上、右合意の相手方についてその権限の有無を調査、確認すべき義務を免れるものということはできない。したがつて、本件合意が本件譲渡担保契約にあたるということができるとしても、原告が、上松又は小野に右契約の締結権限があると信じたことには重大な過失があり、正当理由は存しないというべきである。
以上によれば、表見代理の主張にも理由がなく、原、被告間に本件譲渡担保契約が成立したものといえないことは明らかである。
(島田禮介 栗栖勲 山田俊雄)